台湾グルメ図鑑
邱良功母節孝坊

邱良功母節孝坊

清代の花崗岩牌坊、台湾現存で最も精緻な節孝石刻
📍 金門・金城鎮・中興路⛩️ 史跡・寺廟🔖 国定古跡・石牌坊・清代彫刻
写真: Wikimedia Commons

邱良功母節孝坊は、清の嘉慶17年(1812年)に建てられた花崗岩製の牌坊である。水師提督・邱良功の母、許氏の節孝の事跡を顕彰するために建立され、金門で唯一の国定古跡であり、台湾現存で最大規模かつ最も保存状態の良い牌坊とされる。

邱良功母節孝坊は清の嘉慶17年(1812年)に建てられ、金門で唯一の国定古跡であり、台湾現存で最大規模かつ最も保存状態の良い牌坊とされ「台閩第一坊」と称される(出典:文化部文化資産局国家文化資産網)。邱良功(1769〜1817)は台湾水師協副将・浙江定海鎮総兵を歴任した後、浙江水師提督に昇進しており、俗に言われる「福建水師提督」ではない(出典:中国語版ウィキペディア「邱良功」項目)。

節孝坊の見どころ

邱良功(1769〜1817)は金門金城の人で、清代の海軍将領として台湾鎮総兵・福建水師提督を歴任し、蔡牽の海賊討伐で知られる。母の許氏は邱良功の父が早逝した後、節義を守りながら孤児を育て、清朝から節孝の模範として表彰され、朝廷が牌坊の建立を命じた。牌坊の建設工事には閩南の石彫職人が投じられ、1年以上をかけて完成した。建設時は邱良功が提督に上り詰めた名声の頂点であった。

牌坊は四柱三間形式をとり、中央の龍門は高くそびえ、両側の門楣は低く、正面には「聖旨」の文字が刻まれ、皇帝の勅命の性格を明確に示している。柱身・坊額・各層の横梁はすべて浮彫で埋め尽くされており、題材は龍鳳・花草・文武官員の行列・吉祥紋飾に及び、刀法が深く鋭く、層が豊かである。石材には現地の花崗岩が使われ、200年の風化を経ても彫刻の線は清明で完全なままである。

楽しみ方のポイント

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区画ごとに浮彫を見る牌坊の各層にはそれぞれ異なる題材の浮彫があり、地面から見上げながら一区画ずつ観察することを勧める。龍鳳紋・官員行列・花卉紋様の彫りの深さの違いに注目したい。
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坊額の文字を読む正面と背面には異なる銘文が刻まれており、顕彰の理由と建坊年が記録されている。清代の旌表制度と邱良功一族の事跡を知る第一次史料である。
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四柱三間の構造を観察する牌坊の比率は均整がとれており、中柱と辺柱の高さの差・龍門の幅はともに規定の規範に従っている。他地域の牌坊形式と比較対照することができる。
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早朝の撮影午前中に東側からの光が正面を照らすとき、花崗岩の色が温かみを帯び、浮彫の陰影のコントラストが明確になり、節孝坊の正面を撮影する最良の光の時間帯となる。

実用情報

アクセスと所要時間

  • 節孝坊は金城鎮の中興路に位置し、金城鎮の市中心に近く、徒歩またはバイクで到着できる。周辺に公共の駐車スペースがある。
  • 牌坊は屋外の公共空間にあり、終日参観できる。国定古跡のため、石彫によじ登ったり触れたりすることは禁止されており、適切な距離を保って鑑賞すること。

周辺スポット

  • 金城鎮の老街(模範街)に隣接しており、牌坊参観後に徒歩で老街(レトロな商店街)へ向かい、広東粥や牡蠣オムレツなどの金門の伝統軽食を味わうことができる。
  • 金城鎮では同日に浯江書院・金門県文化園区(旧金門師範)などの文史スポットも組み込み、金城鎮の人文一日コースを計画できる。

出典:文化部文化資産局国定古跡資料・金門県文化局解説情報。

よくある質問

邱良功母節孝坊はいつ建てられましたか。

清の嘉慶17年(1812年)に、邱良功の母・許氏の節孝の事跡を顕彰するために建てられた。

邱良功は福建水師提督を務めましたか。

いいえ。台湾水師協副将・浙江定海鎮総兵を歴任した後、浙江水師提督に昇進しており、福建水師提督ではない。

出典